ラッキーを引き寄せる考え方

12月のパーソナルセッションは満席となりました。多数のお申し込みをありがとうございました。(11/2)

「人生には偶然はない。すべて必然だ」という考え方があります。一見、厳しいようにも思いますが、そう考えることで初めて見えてくることもあります。起きることをどう受け止めたら、幸せになれるか、考えてみます。

こんにちは。みずがきひろみです。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

11月6日の0:00に『みずがきひろみのメールマガジン〜life in abundance〜』の創刊第1号をお届けしました。

ロミ

メルマガ会員登録をしていただいた皆さま、ありがとうございました!

今日のHappyになる心の法則は、「人生に偶然はない。すべて必然だ」です。メルマガでも、私が、これをどう使っているか、少し、ご紹介しましたね。

「厳しいな」と思うこともありますけれど、この見方ができるようになると、自分の芯とつながれるようになるので、これはとてもパワフルな法則だと私は考えています。

なぜ、この法則が、ラッキーを引き寄せるのか。心のカラクリをお見せできたら嬉しいです。

今日のHappyになる心の法則

人生に偶然はない。すべて必然だ。

ー起ることはすべて起きるべくして起きている、と受け止めるとき、そこから学べることがあります。起ることを善悪で判断しないときに初めて、起ることからインスピレーションを受け取れます。

目次

自分のことをわかっていないと知ることが出発点

心には、自分では意識できない領域(無意識)があります。

フロイトが無意識を発見してから100年ちょっとたちますが、人間の心に占める割合でみると、無意識が圧倒的に大きいと言うことがわかってきています。

「意識が3~4%で、97% くらいが無意識らしい」という説もありましたが、今は、97%どころか、私たち人間というのは、ほぼほぼ無意識に動かされている(反応している)生き物で、意識的に選んでいるつもりでも、その選択も無意識に誘導されているから、私たちの心は、ほぼほぼ無意識なのだ、と考える人が多いのではないでしょうか。

外的世界が、宇宙まで認識できるのならば、内的世界だって、同じくらい広いはず、という考え方もあります。

それくらい、心は、自分では意識できない、「わからない」領域が広い、ということですね。

大事なのは、私たちが、「自分」のことをわかっていない、ということを知ることなのだ、と思います。

自分が何を考え、何を思い、何をしようとしているのかが、わかっているつもりで、実は、ぜーんぜん、わかっていないのかもしれません。

意識できていることは、意識できないことに比べたら、豆粒どころか砂粒ほどのものだとしたら、起こることの一つ、一つ、が、わからないものが「わかる」ようになるプロセス、ということになります。

なーんだ、人生って、自分を知る、わかるようになるプロセスなのか、と私は思いました。

子供の頃から、私は自分の気持ちや思いがよくわからなくて、「自分」がわからないこと、「自分」が無いと感じていることがコンプレックスでした。

ですから、内的世界は、外的世界と同じくらいの広がりがあると聞いた時に、「よかった。そんなのわからなくて当たり前じゃないか」と思えて、ちょっぴり安堵したのです。

わからないから、自分の意に反してとんでもないことをしでかすし、突然、災難に巻き込まれることもあります。そして、思うにまかせないと、悩み、苦しみます。そんな状態が長く続けば、「自分は不幸だ」と思います。

でも、自分にとって、何がいいことで、何が悪いことなのかも、本当のところは、私たちはわかっていないのかもしれません。

それくらい、私たちは、無意識に抱えているものについて知らないのです。

知らないから、知りたい。

そう思えると、知らないもっといいものが私たちの人生に入ってきやすいのです。

外側の世界は、自分が知らない「自分」を教えてくれる

私たちは、自分のことを、びっくりするほどわかっていません。本当にわかっていない。

でも、それを「知る」すべがあります。

それが【投影】という私たちの心の仕組みです。

私たちは、自分の心が受け止めきれないと思うことは、心の押入れの奥にしまいこむか、それは「なかった」もの、「要らない」ものとして、自分自身から切り離して、窓の外に投げ捨てるようなことをします。

はい。無意識に、これをやります。

それは、自分の心を守るための、心なりの精一杯のやり口で、【防衛機制】と呼ばれます。

私たちが、「自分だ」と思いたくないものを外側の世界に見るという心の仕組みを逆手にとると、私たちが世界をどう見ているかが、すなわち、私たちの知らないところで、実は、自分のことをどう思っているのかがわかる、ということになります。

たとえば。

「あの人、ズルいから嫌いだわ〜」と思ったとすると、それは「ズルい自分」のことが大っ嫌いだ、ということになります。

もちろん、あなたは大っ嫌いな「ズルい人」になりたくありませんから、「ズルい」ことをしないように、四六時中自分を見張っていなければならないかもしれません。

ズルくならないように、必要以上に、ラッキーな思いをしないようにと、逆に、どちらかといえば損ばかりするような行動を選択しているかもしれません。←それも、無意識のうちに。

損ばかりしていては、気持ちが鬱屈してきますから、余計にズルい人を攻撃したくなるでしょうし、損をするのがイヤで、逆に「何もしない」、「引っ込み思案になる」、「逃げる」という態度が増えるかもしれません。

そうすると、当人としては、「ズル」はイヤなのですが、周りからすると、「いつも逃げていてズルい」ように見えてしまいます。

「ズルだけはしたくない」と思っている人が、自分から死角になるところで「ズルしてる」という皮肉。

心配しないでくださいね。これ、みんなやっていることですから。あなただけではありません。

あなたが世界をどう見ているかは、すべからく、あなたの知らない「あなたの心の中の世界」がどうなっているかを教えてくれています。

自分について知りたかったら、あなたが他の人を、社会を、世界を、人間だけでなく、見えるものすべてをどう見ているのか、ということに意識を向けてみればいいのです。

あなたが見る世界は、他の人が見ている世界と、同じでありながら、まったく違うものとして体験しています。

あなたが、世界をどう体験しているかが、「あなた」が「あなた」たるところ、個性なのです。

うまくいっていないときこそ起きていることが「正しい」と考えてみる

自分にとって都合がよくて、心地よい状況ならば、ただそれを楽しめばいいです。

でも、人生、そんなときばかりではありませんよね。

うまくいかないとき、やってもやっても埒が明かないとき、弱り目に祟り目な日々を過ごしているとき、世界は、「敵」に見えてきます。

もちろん、私にも、そんなときは何度もありましたし、これからもまだ何度もやってくるでしょう。

そういうときは、「どうしてそうなるの?」と思いますよね?

だって、どう考えても、自分は「正しい」ことをしているのに、何度も何度も悩み抜いて「正しい」ことをしたいと思ってそうしたのにうまくいかないとしたら、、、?

「相手が悪い!」って思いますよ。

「社会が悪い!」って、思います。

「世界が悪い!」し、そんな世界を作った「神さまが悪い!!!」と腹が立ちます。

多分、皆さま、ご経験があると思いますが、どんなに強くそう思っても、解決策は出てきません。

それで強面で交渉しようとしても、ジタバタしても、残念ながら欲しいものは手に入らないのではないかしら。

もっと困るのは、手に入れることができたとしたら、今度は、そこに後味の悪さというか、罪悪感も一緒についてくるところではないかしら。

うまくいっていないとき。

私たちは、「世界」が悪くて、「自分」が正しい、と思います。

もちろん理不尽なことはたくさんあります。

でも、これ、起きていることへの【抵抗】ですよね。

そんなときこそ、【今日のHappyになる心の法則】「人生に偶然はない。すべて必然だ」をあてはめてみてください。

それは、望まない体験かもしれません。

頭痛のタネ、胃痛の素。勘弁して欲しい、と思うようなことかもしれません。

殴り倒されたように感じることも(実際、身体的な苦痛を伴うものかもしれません)、裏切られたように感じることもあるでしょう。

そして、確かに「正しさ」は、あなたの方にあるのかもしれません。

そこを、あえて、

私にはわからないけれど、きっとこれは起こるべくして起きている

と思ってみます。

わからないけれど、いったん、起きていることを起きているままに受け容れてみるのです。

そして、「もし、この体験をすることが必然だとしたら、何を学ばなければならないのかしら?」と考えてみます。

静かに、くりかえし、自分の心に聞きます。

「もし、起きていることに意味があるのだとしたら、私は、何を学ばなければならないのかしら?」、

「私には、どうしてこの体験が必要だったのかしら?」、

と。

「私は、本当は、どうしたいのだろう?」、

と何度も、自分に問い返してみます。

まったく違う視点から状況を見ることができて、まわりの人たちの気持ちがわかるようになるかもしれません。

素直に、自分の態度や行動を変えることができるかもしれません。

普段は、あまり考えることもない、自分の人生の目的や生きがいのような、深い、本質的な問いへの答えを手にすることもあります。

実際には、何も変える必要はなくて、状況が自然と変化するのを待てるようになること、信頼することを学ばなくてはならないのかもしれません。

うまくいっていないときに、こう考えることができると、自分の主体性を取り戻すことができます。

自分の人生への責任感が強まります。

そして、不思議なものですが、心の奥底から、エネルギーが湧いてくるような、力強さが出てきます。

どこか性根の座った、迫力が出てくるものです。

大丈夫。そこからラッキーをつかまえられるようになります。

自分を責めたくなるのは「罠」だと心得る

この考え方をするときの最大の「罠」は、自己攻撃です。

人生に偶然がないとしたら、挫折や失敗、喪失など、胸が張り裂けそうな痛みも「必然」だということになります。こんな目に遭うってことは、「自分がダメダメなんだ」と自分を責めたくなるのです。

気づきは、私たちに修正ポイントを教えてくれます。修正ポイントがあるということは、これまでの自分のどこかが未熟だった、ということ。

それって、恥ずかしいじゃないですか。

あるいは、誰かと比べて、自分はこんなにみっともない、弱い、情けないではないかとなじりたくなるかもしれませんね。

これは、競争心が隠れているからで、誰かに愛されたい、承認されたいという気持ちがそのさらに奥にあります。これも、あまり認めたくない気持ちですよね。

自分が、そそかしくても、ちっぽけでも、みっともなくても、ただそれを認めて受け入れればいいだけなのですが、あまりに恥ずかしいから、つい自分をコテンパンに叩きたくなっちゃうんですね、

簡単には、自己攻撃はやめにくいですが、こういうときは、できれば運動か単純作業に時間を当ててください。

体を使う、全力で使う、もしくは一心不乱に単純作業をするのは、心を「今」「ここ」に戻すのに効果があります。

自分を責める時は、大概、心は過去に止まって、昔の自分をいじめていますから、「今」「ここ」に呼び戻すことで、不毛な自己攻撃を減らすことができます。

一つでもいい。小さなことでいい。その気づきを具体的に行動に移す。

気づきは、これまでも無意識的にはわかっていたけれど、意識できなかったことを意識できるようになったということ。

それは、祝福すべきことで、とてもありがたい、嬉しいこと、ですよね。

無意識の意識化は、心を広げてくれます。

これまでは見えなかったものが見えてきます。

だから、ラッキーも見えます。

自分とのケンカが収まって、神さまとのケンカも一段落つけば、ラクに流れに乗れそうでしょう?

起きていることは、自分の心の中にある葛藤を見せてくれていると考えてみると、この体験をすることでしかわからない思いを、自分の中に抱えていて、それを味わう必要があった、ということになります。

それほど、大切な思い、願い、を心の奥底の、自分でも見えないところに隠してきたんですね。

でも、それも、もう隠しきれなくなったのです。

それほど心が感情的に成熟して、受け入れる準備ができた、ということなのでしょう。

受け入れて、楽しみましょうね!

ロミ

メルマガにコメントをいただき、ありがとうございました。
お返事は、次号のメルマガでさせていただきます!

love and abundance,

みずがきひろみ

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この記事を書いた人

みずがきひろみのアバター みずがきひろみ 心理カウンセラー

外資系投資会社で20余年株のアナリストとして活躍。離婚問題をきっかけに心理学を学び始め、2008年からカウンセラーとして活動する。14年で8,000件以上の個人カウンセリングを実施。グループカウンセリングや大人数の癒しのワークショップも多数開催している。著書に『母の呪縛をといてありえないほど幸福になる方法』(河出書房新社)がある。

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