厄介な感情とどうつきあえばいいのだろう(2)~ネガティブな感情を感じなくてすめば楽なのに~

薔薇の季節になりましたね。私のお散歩コースに、通り沿いに、いろいろな種類の薔薇を植えて、通り過ぎる人の目を楽しませてくれているお宅があります。この季節は、丹精込めて育てられた色とりどりの薔薇が咲き誇っていて、ものすごく美しいのです。美しいものを見ると、それだけで心がパッと明るくなりますね。どなたがお世話をされているのかわかりませんけれど、薔薇に対しても、道ゆく人に対しても、「愛」を感じます。いつもとても癒されています。ありがとうございます!

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こんにちは。
みずがきひろみです。

ネガティブな感情ってね、疲れます。

感じたくて感じているわけではありません。

なので、「お願い、そんなこと言わないで!イヤな思いをしたくないんだもん」と、不機嫌、不愉快を相手のせいにしたくなります。

意地の悪さやズルさ。

どっちがエライ、どっちがスゴイ、と競る気持ち。

あんたなんか大したことないでしょ?と言われたような気になったり。

自分のダメさを繰り返し指摘されているなぁ、と思うとき。

なんだか攻撃されている気持ちになる、とか。

ありますよね。

やり過ごそうとしても、そこは相手も負けていなくて、こちらが傷つくまで執拗にくりかえされることだってあります。

あぁ。このズルさ、この意地の悪さ。この攻撃性。

見えなければいいのに、感じなければいいのに、なんて思ってしまいます。

やり過ごすのも、売られたケンカを買うのも、エネルギーをいっぱい使うから、疲れるんですよね。

目次

1. 自分の中にないものは見えないし感じないという真実

ホントに、ホントに、ホントに。とっても残念なのですが、相手は「鏡」なのです。

見たくないし、認めたくありませんけれど。

もう、すごく残念。

「私、絶対に、あんな意地悪していません!」。

わかります、わかります。

多分、されていないと思います。

「しない」と決めて、ものすごくご自分を戒めてこられたと思います。

でも、相手の意地の悪い気持ちが透けて見えちゃったということは、そういう「気持ち」を知っているということ、なんですよね。

「知っている」から、それがあることが「わかる」のです。

態度に出したことはないかもしれません。

言葉にしたこともないかもしれません。

でも、心の中にあると、誰かからそうされてしまうことは、まま、あります。

仕返しをしたくなることもあります。(←今度は、やっていい十分な言い訳があるぞ!)

でも、どちらかといえば、相手を悪者にして、自分が「かわいそう」な人になるパターンを選ぶことが多いかも、です。

こういう時、もしかしたら「私、かわいそう」という気持ちを感じたかったのかもしれない、と私は考えてみます。

私、同情して欲しかった、かも。

もし、そうだとするならば、なぜだろう、と。

多くの場合、それは、自分が自分の味方をしていないから、なんです。

自分が自分を、斜め上から見下ろすように見ていたり、

自分のことを「大したことない」とディスっていたり、

自分に自信が持てないから、ズルしたい、誤魔化したいって思っていて、

そんな自分の味方なんかできない!

と思っているから、

誰か他の人に味方になってもらわなければ困るんです。

そうすると「かわいそう」な人にならなくちゃいけないんですね。

私がズルいヤツだ、とか(←それはそうかもしれませんけれど)、

あなたがズルいヤツだ、とか、

そういうことを言いたいのではありません。

長く心理学を学んでいると、そういうところは、多かれ少なかれ、みんなの中にあって、別に驚くようなことではないのです。

パートナーシップも、長いおつきあいになれば、そんな身も蓋もないところをお互いにさらけ出します。だから愛せないとか、愛されないとか、そういうことでもありません。(←これはいいところ!、ですね。)

おさえておきたいポイントは、

ネガティブな感情をぶつけられた、もしくは、誰かに対してネガティブな感情をもってしまったとすれば、それは、

自分についても、他人についても、何かと「いい」とか「悪い」とか、「判断」をしているよ!

ということで、それは、

自分のことを「まぁ、いいか」と受け入れられていない

ということなんです。

ふー。

要するに、ネガティブな感情を感じる時というのは、自己愛が足りていないとき、なんですね。

なので、大事なことは、相手に反撃するかやり過ごすか、ではなくて、

自分を承認できているか、自分が納得しているか、自分を好きでいられるか、なのです。

もし、十分に、自分を受け入れられていたら、相手の多少不愉快な態度も、ゆとりと寛容さで受け止められるはずなんです。

少なくとも、理屈上は、ね。なかなかハードル高いですけれど。

ちなみに心理学では、このあたりの話は、「投影」と「投影の引き戻し」と言います。

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2. ネガティブな感情は「危険」を知らせる「アラーム」

ネガティブな感情は、「傷つくかもしれない!」という「危険」を知らせる「アラーム(警戒信号)」です。

過去に、似たような状況があって、そのときは「傷ついたぞ」と心のアーカイブが危険を知らせてきているのです。

つまり、過去の、似たような状況が起きたときの傷がまだ癒えていない、のです。

まだ、乗り越えられていないので、あのときのようなことがあるとひどく傷ついてしまうから怖い、と心が言っています。

ということは、あのときの古傷を癒すチャンスでもあるんです!

「あのとき」、何が辛かったのでしょう?

「あのとき」、あなたは、何をわかってもらいたかったですか?それは、誰に?

「あのとき」、あなたは、どんな力を使えていたら、相手を助けることができましたか?

そんなことを考えてみましょうか。直感を働かせてみてください。

「あのとき」ひどく傷ついてしまった「あなた」に、しっかりと共感し、悲しみを受け入れてみてください。

「あのとき」、あなたはうまくできずにひどく傷ついた自分を、自分の心から追放しました。

でも、その自分を、もう一度、自分の心の中に戻しいれましょう。

上手にできなかったことがあったかもしれませんけれど、精一杯やったのではありませんでしたか?

あなたが追放した自分こそが、一番、がっかりし、傷ついていたのではありませんか?

ネガティブな感情は、そんなあなたの「痛み」のありかを知らせる「アラーム」です。「もう、あんな思いをするのはイヤだから、これ以上、(人に)近づかないようにしよう」と思うのは、当たり前なのです。

ただ、それをそのままにしていると、ずっと人に近づけなくなってしまいます。

危険信号を受け取ったら、私たちは選ぶことができるんです。

近づかない。

もしくは、

そこにある地雷を撤去する。

「癒し」は、この地雷を撤去する作業です。

撤去するときに使う方法が、「許すこと」なんです。

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3. ネガティブな感情が「アラーム」ならば、通常モードは「何」?

もし、ネガティブな感情が危険を知らせる「アラーム」だとしたら、ネガティブ感情は、異常事態を知らせてくれている、ということ。

では、通常モード、本来の日常は、何なのでしょう?

もう一度、ネガティブな感情は、「愛」がないときの感情。

では、通常モード、本来の日常は、何なのでしょう?

そうなんです。

「愛」があるのが、フツー。

私たち、どうもそう思っているんです。

「愛」があるのが、フツーなのに、こんなに「ない」ってどういうこと???!!!

って怒っているみたいなのです。

「ここ」にもない!「あっち」にもない!

と、「愛」がないところを見つけては、「ある」べきものが「なーい!!!」と怒っているようです。

それくらい、本当は、世界を「愛」でうめつくしたい、と思っているのかもしれません。

「愛がない」と嘆いている人ほど、

「愛があるのが当たり前」と思っている、「愛」をいつも感じていたい人、なのでしょうね。

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自分ば見たい愛が「ない」と怒っていたのが、ひょんなことからそこに「ある」愛に気づいて感謝できると、世界は途端に「ある」愛や優しさを、次々と見せてくれるようになります。

アバンダンスは、そんなときに見える心の世界の豊かさなんです。

感情について書いています。よろしければ、この前段も、お楽しみくださいませ。

あなたが、本来のあなたらしさを生きることで、人生を楽しめますように。

今日も、幸せ。明日も、幸せ。そんな、ずっと続く幸せを見つけられますように。

love and abundance,
みずがきひろみ

 

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この記事を書いた人

みずがきひろみ みずがきひろみ 心理カウンセラー

カウンセリングサービス所属心理カウンセラー/神戸メンタルサービス講師・トレーナー。外資系投資会社で20余年株のアナリストとして活躍。自身の離婚問題をきっかけに心理学を学び始め、2008年からカウンセラーとして活動する。13年で8,000件以上の個人カウンセリングを実施、グループカウンセリングや大人数の癒しのワークショップも多数開催している。著書に『母の呪縛をといてありえないほど幸福になる方法』(河出書房新社)がある。

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