【閑話休題】中庸の日の、ありのままの幸せ

四連休はいかがお過ごしでしたか?

旅行好きな私たちは、本来ならば、どこか温泉にでも出かけたいところでしたが、今回は、私の足の怪我もあって断念。

でも、「お墓参りくらいは」と思い、ドライブがてらに多磨霊園までいってまいりました。

ネットには、「中央道は、渋滞70キロ」、「墓参りに行こうと思ったが断念」などの見出しが並び、戦々恐々としていましたが、それほどの難はなく、お焼香して来れました。

秋とはいえ、日差しはまだジリジリと強くて、心なしかダーリンの顔が陽に焼けて赤くなったみたい。

私の両親は、生まれは3日しか違わず、ゆく時も半年と置かずにバタバタとこの世を去った、仲良し夫婦でした。

日本のあちこちをドライブしては、その土地その土地の美味しいものをいただいては大喜びして、家族や友達と分かち合う、そんな無邪気な「いい」人を生きられた幸せな老後で、本当によかったなぁと思うのです。

お金のやりくりや家族の病気やら、心配のタネは尽きなかったはずですが、晩年は、あっけらかんとしたもので、人生を心から楽しんでいました。

「あんなに大変なこと、私なら乗り切れないなぁ」。

何度、そう思ったことでしょう。今でも。

それくらい大きな愛を持っていたなぁ。

いつも、どんなときも、愛そうとしていたなぁ。

「敵わないなぁ」と思います。今でも。

ただ。

そう思うってことは、ずっと競っていたってこと。

もっと「大きく」なれたなら、認めてもらえるかしら、って思っていたから。

その背中を超えることで認めて欲しかったんですよね。

それくらい、尊敬していたから。

でも、「敵わないなぁ」と思えるのは、本当はすごくありがたいこと。

「愛する」ことのお手本も、「幸せ」のお手本も、

ずっと、すぐそばにあったのに、

それを見ないようにしていたのは、

私の競争心が、「ありがとう」と言うのが悔しかったから。

遅まきながらですが、この人たちの子供でよかった、と思えるようになっています。

幸せ、ですよね。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

中庸の日。

過ぎるも、足りずもない日に、あるべき位置で、会えたような爽やかさがありました。

love and abundance,

みずがきひろみ

追伸 写真は、戸隠神社の奥社への参道。

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この記事を書いた人

みずがきひろみ みずがきひろみ 心理カウンセラー

カウンセリングサービス所属心理カウンセラー/神戸メンタルサービス講師・トレーナー。外資系投資会社で20余年株のアナリストとして活躍。自身の離婚問題をきっかけに心理学を学び始め、2008年からカウンセラーとして活動する。13年で8,000件以上の個人カウンセリングを実施、グループカウンセリングや大人数の癒しのワークショップも多数開催している。著書に『母の呪縛をといてありえないほど幸福になる方法』(河出書房新社)がある。

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