あらら。世の中騒がしい。それでも「幸せでいいよ」と呟いてみる。

今朝、起きたら米国上院議会にデモ隊が乱入した、とのニュース。さらに、香港で反政府主義だとして53人が逮捕された、とのこと。英国ではコロナの変異種が猛威を奮っているし、ドイツでも緊急事態宣言が延長されました。

日本でも、東京と隣の3県は、緊急事態宣言が発せられることになりました。

あらら。世の中がやたらと騒がしい。昨日は私の心もなんだか落ち着かなくて、ワサワサしていたし、気が重かったのだけれど、何かを感じていたのかもしれません。

こんにちは。みずがきひろみです。

皆さま、いかがお過ごしですか?

「たまにはもっといいニュースが聞きたいよ」

という歌詞の古い歌を思い出すような朝だったので、なんだかイライラしたり、落ち込む日々を過ごしておられる方もいらっしゃるかなと思いながら、これを書いています。

目次

問題は癒されるためにあがってくる

コロナの流行はもちろんですが、世界では、あちこちで、事件が勃発しています。

東京でも、また緊急事態宣言が発せられて、「密を避けましょう」、「会食しないで」、と物理的に距離をとることが求められています。

でも、去年の経験から、私たちは学んだことがありますよね。

それは、物理的に距離を取らなければならないことは、とても残念なことだし、寂しいことだけれど、心をつなぐ手段が無いわけではない、ということ。

手触りを感じられないのは、特に、感覚派、触覚派の皆さま(スキンシップで愛を感じるタイプの方)にとっては、ものすごくストレスだと思いますが、それでも、つながりが切れてしまうとは限りません。

心をつなぐ道は、あります。

「寂しい」は、「つながりたい」だし、「愛したい」という気持ちです。

それが、こういうときにあがってくるということは、日頃、本当はつながりたいし、愛したかったのに、意地を張っていたのか、信頼していないのか、ただただ怖かったのか、絆を紡ぐことを十分にやってこなかった、という問題が浮かび上がっているだけ。

「素直になりましょうよ」

と言われているだけなのかもしれません。

米国の上院議会への乱入だったり、香港の一斉逮捕だったり、と穏やかでない事件も起きていて、社会の中での「分断」が目に見える形で現れています。

これだって、これまで「分断」がなかったわけではなくて、これまでも内在していた格差や考え方の違いからくる問題が、誰の目にも見えるようになっただけ、とも言えます。

自己攻撃は他者を悪者にする攻撃、他者を攻撃すれば自分が罪悪感を抱えるという無限ループ

多くの人にとっては、他所の国のこと、他人事は、自分の問題ではないように感じられるでしょう。

それよりも、

今日、彼や彼女が、優しくしてくれるかどうかの方が大事ですし、

今日、仕事があって、食べるものがあることの方が大事です、よね?

でも、もしかしたら、心の中は、同じ構図があるのかもしれません。

あなたの心の中に、

誰かに対して、「理解不能」、「利害が衝突しすぎ」、「絶対に仲良くなんかできない」と思う気持ちはありませんか?

そして、そんな相手を、あなたの世界から排除したい、と思う気持ちはありませんか?

「大っ嫌い!」、「あなたが間違ってる!」、「どうしてそんな酷いことができるの!」

と、正しさで成敗したくなる人はいませんか?

誰かに対して、恨みを抱えたままでいると、心は平和になれません。

誰かを愛せずにいると、そのことで、どうしても自分をチクチクと責めてしまうんですよね。

許せないと自分を責める、というエゴの罠にはまって、

さらに自分いじめをするかもしれません。

誰かを責めると自分いじめをしちゃうし、

自己攻撃をしていると、そのことがあなたを愛する人を傷つけてしまいます。

問題が上がってきているのは、解決するための、「初めの一歩」。

ただ、「違い」がある、ということを受け入れるところから始められたらいいですよね。

違うだけ。

正しい、でも間違っている、でもなくて。

お互いにそれを認め合えれば、次の一歩を見つけられるかもしれません。

許したい自分も、許せない自分も、丸ごと「許したい」

「分断」されているものを、「力」で抑えこんで一つにしようと思っても、それはうまくいきません。

その時は、一瞬、制圧できて、解決したかのように見えても、そのことでかえって「恨み」が燻り続ける危険性の方が高いのではないかしら。

私たちは、自分では抑え込んだつもりでも、元彼(女)への恨みが、思わぬところで爆発して、とんだ失敗につながることもありますよね。それくらい「恨み」って、根深かったりします。そして、たいがい、「恨み」を抱えている人が損をする仕組みになっています。

なので、「許せない」自分を、「あんた、ダメじゃん」と切り捨てようとしても、それもうまくいきません。

「許したい」自分がいるから、「許せない」自分が許せないのですから、

「許したい」自分もいるね、

でも、「許せない」自分もいるね、

と両方の自分を丸ごと「許す」だけ。

二つに分裂してしまった「自分」を一つに戻してあげたいのです。

特に、今みたいに、またしても「分断」が、目に見える形で、社会の問題になっている時、は。

そういう時こそ、

自分の小さな「分断」を一つ一つつなげてあげることが、穏やかに生きるために大事なのです。

痩せたいのに、痩せたくない(食べたい)、とか。

働きたいのに、働きたくない、とか。

この映画を見たいのに、見たくない、とか。

彼と話したいのに、話したくない、とか。

お付き合いしたいのに、したくない、とか。

そんな毎日の、矛盾を一つ一つ、丸ごと、「そうなんだね」とそのまま受け入れてみましょうか。

そして、

最後のおまじないは、ご存知、

「それでも幸せでいいよ」。

こんなに、世の中、騒がしくても、「幸せでいい」んです。

だって、それでも、好きな人がいて、好きなものがあって、楽しいと思えることを見つけられたら、

「幸せ」でいられますから。

「幸せ」でいる勇気、あなたも見つけられますように。

love and abundance,

みずがきひろみ

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この記事を書いた人

みずがきひろみ みずがきひろみ 心理カウンセラー

カウンセリングサービス所属心理カウンセラー/神戸メンタルサービス講師・トレーナー。外資系投資会社で20余年株のアナリストとして活躍。自身の離婚問題をきっかけに心理学を学び始め、2008年からカウンセラーとして活動する。13年で8,000件以上の個人カウンセリングを実施、グループカウンセリングや大人数の癒しのワークショップも多数開催している。著書に『母の呪縛をといてありえないほど幸福になる方法』(河出書房新社)がある。

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